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2004.11.30

11/30② 生きてきた証

無認可保育所の情報を集めたり、あるいは、無認可保育所の前を通ると、英語の授業が売りになっているところが多い。市場原理の競争保育が始まると、質が高まるというが、誰にとっての質ということについて考えさせられる現象だ。

確かに21世紀、国際化云々とあるのだと思うが、英語の早期教育は、体系化されない教育だし、日常的に使っていかなければ忘れてしまうものらしい。もっともっと何語でもいいから、コミュニケーションそのもの、つまり遊んで、失敗して、それを反省したり、許してもらったりしながら、学んでいくもののほうに時間をさいたほうが良さそう。

●札幌でバリアフリーの運動をされ、福祉情報誌の編集長をされている我妻武さんと参議院議員峰崎直樹さんから、「喪中のため~」はがきを頂戴しました。
2人に共通するのは型どおりの喪中のあいさつではなく、故人とのかかわりや思い出を伝えてくれるもので、気持ちが伝わってきます。こうしたかたちの喪中はがきは、送っていただいた方との人生観が伝わってきて有意義です。今後、こういうかたちの喪中はがきが増えるのでしょうか。
我妻さんは、愛してくれたおばあ様の死去にともなうもので、障害をもった我妻さんを応援し続けた思い出がつづられていました。
峰崎さんは、家族同様可愛がられていた愛犬ロッキーが先日お亡くなりになったことによるものです。毎年いただく年賀状では家族の一員として記され、選挙のときの候補者の人柄紹介では存分に活躍された犬です。選挙を控えた1月に倒れ、何度も危機になっても乗り越え、選挙の勝利を見届けてくれたエピソードがつづられていました。
我妻武さんは、私が「道はだれのもの?」という交通を考える市民運動をしていたとき、バス業界や、バスマニア向け雑誌と共闘して、ノンステップバスの導入を促す取り組みをされていたお話しを聴きにいったことがきっかけで知り合った方です。
峰崎直樹さんは、民主党でも数少ない経済財政通の議員で、労組で長く政策畑を歩み、政界に転身された議員です。自社さ政権ができたときに、それを問題に感じた私が、当時社会党議員だった峰崎さんに半ば糾弾するように議論したことがきっかけで交流を持つようになりました。労働組合による自らの職場改革運動の意義を話され、それに感化されて、労働組合の職員になってもいい、と思うようになったきっかけの方です。

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