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2004.09.19

9/19 いわしの頭

今日は一日中在宅。夕方、食事に近所に出る。

日曜の朝は、たいてい洗濯をしながらNHK「さわやか自然百景」と「課外授業」を見ている。今日はなぜかその後の日曜討論まで見てしまった。テーマは地方の経済回復。

金子規制改革担当大臣が、規制緩和、構造改革特区をやればそのうち誰かが努力して何とかなる、と発言、それに対して内橋克人が、規制緩和こそ、中央の企業の暴走やリストラを止められず地方経済をボロボロにした、と反論。内橋のほうが説得力があったものの、他の2人の発言者は地方経済が楽観できないという点と現状認識で内橋と共通したものの、解決策にあたっては、内橋を公共事業拡大論者と決めつけ、規制緩和しかないと結論づけた。

公正にやる気のある人のチャンスを奪う規制は撤廃しなければならないが、それだけで景気回復になるとは思えない。コストダウンのため賃金が下がり、個人消費が縮小し、規制緩和が景気を収縮させている面もある。労働集約型産業など業種によっては、規制がなければ逆にきちんとした競争と選択が不可能になる業種もある。

努力した者が報われ、努力しない者が報われない、世の中そうあってほしい。規制緩和の議論に関しては、この理屈を全面展開され、逆は正になりえない、という論理学の基本が見失われ、報われている者は努力した者、報われなかった者は努力しなかった者という日経新聞的理屈がまかり通っている。その結果、努力とは運と理解する人が増えている(橘木他「隠蔽される不平等」)現象が起きている。こうなると努力とは、個人の能力の開花ではない、運のない人が努力することは無駄、というモラルハザードにつながっている。

規制緩和をすれば何とかなるというイデオロギー的神話は、共産主義より低俗で、共産主義より根強く、ゴキブリのような単純構造だ。さらに問題なのは、景気問題を語るときに、規制緩和で何とかなる、と言わないと、「公共事業拡大論者だ」とレッテルを貼られることである。これは共産主義でいうところの「人民の敵」というレッテル貼りである。

時代の変化が激しいと言われて十数年になる。それなのにイデオロギー神話という最も楽で安定した逃げ場をつくって改革論議をしてきたことが停滞の原因じゃないか、と考えるべきだと思う。
世の中、そんなにちちんぷいで変えられるものではない。個々の持ち場で、日々経験と研究を重ねて技術も、仕事のありようも、社会のつくりも変わっていく。それは90年代に共産主義の失敗から学び取ったことではなかったのか。

そのままテレビをつけっぱなしにしていたら、どこかの社長が出てきて、延々とご教訓を語っていた。やはり努力すれば何とかなるという言い分。裏番組の田原総一郎の団塊エネルギーも同じようなゴキブリ構造。テレビに振り回されてはいけない、と思い、うんざりしながらテレビを消した。

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